2013年12月4日水曜日

Risoluto誕生物語 その3 | Risoluto@アドベント・ぼっち・カレンダー:3日目

ABC(*1)の3日目。共通テーマは私が開発している「Risouto」についてです。



オレオレフレームワーク、死す


自社資産として生まれ、使われたFOOBARフレームワーク。このオレオレフレームワークは比較的短命であった。なぜか。会社の事情である。諸事情によりその当時在籍していた会社が他社と合併することになった。これがある意味トリガーとなったのだ。

もっとも、合併直後は平和であった。少なくとも表向きは。業務面でも合併前の案件を継続して対応していたし。ただ、合併後に受けたある案件がこのFOOBARフレームワークの息の根を止める遠因となった。

引導を渡したのは誰だ


その案件はPHPを使ったWebシステム。フレームワークとしてFOOBARが採用された。まあ、よく見かける案件である。ただ、その案件には、プロジェクト開始当初から火種が存在していた。

その一番の火種は「プロマネが経験の浅い人間であったこと」である。

この案件のプロマネは経験が浅かった。技術者としてもプロマネとしても。もっとも、この案件はトレーニング的な意味合いがあったため、それ自体は問題とはならないはずだった。ただ、そのプロマネを適切に指導/監督する人間がいなかった。正確にはいたのだが正常に機能しなかった。そのプロマネも助言を求めなかった。

その時の私は別業務を担当していたので、この案件に最初は関わらないで済んでいた。が、上流工程での不備が蓄積したまま時間だけが経過した結果、社内で知らない人はいないレベルの炎上案件となっていった。

結果、私も限定的に参画することとなったわけだが、それから多くの時間を費やし、様々な人に迷惑をかけた結果、この案件は一応「終了」することとなった。「完了」ではなく、「終了」したのだ。

さらば、FOOBARよ!


前述の案件が終了する間際に、また会社が合併するという話が出てきた。最初の合併の際はある意味所属が変わる以上のインパクトはなかったのだが、今回は違った。「そのまま残る」という選択肢を選ぶのに躊躇するレベルの出来事があった。

もっとも、そのまま残っていれば生活は安泰だったかもしれない。が、先の案件が尾を引いていたこともあり、それ以外のいろいろなものを天秤にかけた結果、私は会社を去ることに決めた。

その結果、FOOBARフレームワークは負の遺産となった。残されたエンジニアにFOOBARフレームワークを使う人がいなかった(*2)のと、FOOBARフレームワークを採用した案件は、全て他社が引き継ぐことになったのが理由だ。

当然FOOBARフレームワークは合併後の会社のものとなった。私の手元にはMEIDO/MOEは残った。が、その時にはすでに魅力を失っていた。

流されたどり着いたその先に


そういったもろもろの事情で、私はとある会社に拾って貰うこととなった。元々お客様だった会社である。

その会社の関連会社(*3)ではFOOBARフレームワークを使ったWebシステムの開発と運営を手がけていたのだが、私はそこには行かなかった。そことは別な会社で社内SEとしての業務に携わることとなったからだ。

社内SEとしての業務は開発とは無縁だった。ファイルサーバのメンテナンスやヘルプデスク業務、ドメイン等の管理が主な仕事だった。やりがいはないとは言わないけれども、自分がやりたかったことではなかった。

そんな毎日を過ごして2〜3年が経ち、私に転機が訪れた。また「FOOBARフレームワーク」の名を聞くことになったのだが、そのあたりについてはまた明日。


*1:アドベント・ぼっち・カレンダーの意
*2:そもそもPHPを使える人がいなかった
*3:ここも元々お客様だったのだけれどそれは別な話

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